真摯である男

 過日、排水口の中に投げ込んだ種が運良く各所で発芽し、すくすくと伸びてはアパート全室のシンクに花を咲かせてしまったというカドで、管理会社に呼び出されている。入居の手続き以来の事務所然とした店舗内で、緑色のデスクカバーの上をアリの軌跡のように視線をさまよわせる。六十になろうかなるまいかという面立ちの管理会社の男性は、湯呑でちびちびとお茶を飲みながら何度目かの厳しい眼差しを向けてきた。

 なんでこんなことをしたのか、除草にどれほどの費用が出るかわかっているのか、今後他の住人に対してどんな態度でいるつもりか、事の重大さを理解し類する問題を二度と起こさないか。じっくりと問い詰められているので、こちらもじっくりと答える。一応真面目な気持ちでここに座っているのだ。なぜかというのははっきりとは答えられない。費用は知見がなく予想できないが教えていただきたい。他に被害が及んでしまったのは想定外だったのでただ申し訳ない。申し訳ないので、類する問題は起こさないように努めたい。じっくりと答える。男性の眉頭は依然厳しい。

 トラップの覆いを外して、真っ暗な細い縦穴に種をぽとんぽとんと落とした日のことは覚えている。けれどなぜそうしたのかは、答えられないというより、あまり覚えていない。そもそも理由がなかったのだと思う。花を見たかった。自分の生活空間で花を咲かせたかった。花。花。花。花。とかく当時は花であった。奮起してホームセンターで種を買っては来たものの、種から花に至るまでには土やらなんやら必要なことを開封してから思い出し、手のひらにとった種を握って6畳を3周した挙げ句に水場へ投げ込んだ。鉢もないのでそれしかなかった。当時の自分の状況を反省するには記憶が断片的に過ぎ、現在でも今後同じようなことを絶対にしないと誓えるような強固な精神を取り戻したとも言えない。花を見たかった。それだけであった。

 ただ電話口でしこたま怒られたあとにふらふらとやってきたこの管理会社の店舗で、それこそが罰のように座らされ、男性と向かい合った間の机には小さな花瓶があり、花が7本差してあった。これと同じ花が、まだ自分の部屋のシンクに咲いている。男性の履き古した運動靴がアパートの一室一室をめぐった足跡が見えるようだった。自分のまいた種から咲いたものを集めてくれている。

 だからなるべく誠実に、誠実に答えようと思う。

白状

申し上げます どうかこれきりと願います

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