あたしの知っている話

 黒く、深い穴のような瞳が私を見ている。

 私もまた、黒く、深い穴のような瞳を、潜るように見つめている。

「結局さあ行きつくところもないっていうか、どの結論になっても同じっていうか」

 うん、うん、そうだね。唇にストローを挟んだまま返す。私はちゃんと、答えられているだろうか。三子の話している内容に即しているだろうか。もしも少しずれていたり、何か解を求められているときにただ相槌をうってしまってはまずい、申し訳ないと思いながら、三子なら多分許してくれるだろうな、という甘えもある。まともに答えられないのは三子が原因でもあるしな、という投げやりな気持ちもある。

 黒い瞳、暗い穴。

 指を差し込まれて少し乱暴になった三子の髪の横に、ゆったりと浮かんでいる。

「もう何か月もこのもやもやした気持ちでいて、それって考えが変わってないってことじゃん、結局。だから今更相手のことを思って、とか白々しくってさ」

 皿に残ったミントをフォークでつつきながら、三子は話し続ける。三子は香りの強いものが嫌いだ。私はミントがとても好きなので、ケーキが運ばれてきた段階でもらおうかと言ってみたけれど、彼女は食べ物を分け合うことも嫌いなので、断られてしまった。弄ばれてクリームをまとい重たくなった葉っぱ。そこに閉じ込められている香りを思って、生じた痛みに無理矢理視線を引き剥がした。

 高校生の頃から、三子と会うのはいつもこの喫茶店だった。あちこちへ飛ぶ話題の中で、会う機会の三回に一回は彼女と親密な人間の話題になる。もとより好かれるたちだったのが、進学して交友が広がるとより様々な関係を呼び込み、彼女なりの苦悩が多くふりかかっているらしい。

 私は何事もそこそこであるように心がけているので、彼女の歩む道にあるようなぬかるみを、よく知らない。知らないままそこそこの返答をする私を、三子は仕方なしとでも思っているのか、時折微妙な顔はするものの、話すのを遠慮しないでいてくれる。私はそれが嬉しい。三子の、多くを知りたい。できる限り。小さな切れはしも逃さず。

 そういう執着が、おそらく可視化につながったのだろう。

 三子の傍に、鱗がなびく。

 魚がびったりとついているのが見えてしまう。

「だから、同じだよね。結局あたしが言わなきゃいけないんでしょって」

 三子がこめかみのあたりから指を入れ、また少し髪を乱す。悩んだ時に頭をかいてしまう癖を治すため、彼女の指には長めのネイルチップが貼られている。指の腹で撫でるだけになったのはずいぶん進歩だ。

 その細かい動きを避けるように、魚が身をよじる。三子が手を下ろすと、様子を伺いながら頭をぐるりと周回し、後頭部の向こう、こちらに顔だけが見えるような位置に落ち着く。いつもそうだ。体を隠しながら、瞳ではじっとこちらをとらえている。何も思わない、黒々とした円。

 好きだよ、と、その円に向かって念じてみる。好きだよ。三子。魚が、息継ぎをするふうに口を開閉する。私の考えていることが、その口に吸いこまれて、えらで濾されて、残ったものが三子の頭にだんだん蓄積されていって、いつしか彼女の知らないうちに脳が私の残骸でいっぱいになる様を想像する。想像するだけで、胸の奥が膨らむように満たされる。

「あたしが短気なんだと思う?」

「うん……、そうだねえ」

「そうなの?」

 なんとなくテーブルに乗せていた手の傍を、ネイルでコツコツとたたかれて、はっと我に返った。途端、魚の姿は薄くなる。

「ごめん、そうじゃなかったかも」

「聞いてなかったね? どこから?」

 眉をしかめて笑いながら、三子はストローに口をつける。

 ごめん、聞いてたつもりたったんだけど、などと言いながら、頭の四分の一ほどの意識で、彼女の首筋にえらを探してしまう。

 魚の種類は知れない。頭がずんぐりとした、皮の固そうな暗色の魚だ。

 魚が見える、と気が付いたとき、私はすでに三子の話をきちんと聞けなくなっていたように思う。彼女の、明るい曇り空のような相談事を一緒に解くことよりも、頭をかくときに手首に浮かぶ筋や、足を組み替える前に足首をゆらす動作など、微細な未知を拓いていくことの方に夢中になっていた。そのために視線をふらふらと泳がせていたら、ある日突然、じっとこちらを見つめる存在と目が合った。

 私は三子に魚のことを聞いていない。しぐさを見ていれば、彼女がそれを知らないのは明らかだった。魚は多くの時間を私の注視に費やし、私もこの異常な存在を見張った。

 三子本人も、他の誰も、魚に気がつかない。私だけが知る彼女のことがら。

「三子、ネイル変えたね」

「ああ、うん。先週変えた」

「最近してたのとは雰囲気が違うよね」

「そう、心変わりは形から」

 眉を寄せる。笑う。その表情の流れが好き。

 彼女は私に話をする必要が、本当はないのだ。私が何か形を持った答えを差し出しても、それを眺めたのち手に取るかどうかを選ぶことができる人だから。

 私は彼女のしっかりとした芯に心を寄せながら、その横に空いた穴に少しずつ、少しずつのめり込む。魚は時々口を開き、何かを吸い込んでいる。

白状

申し上げます どうかこれきりと願います

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