百年あとで一緒になって

 苦しいこともかなしいことも時間がすべて解決してくれる。らしい。じつに正しいことだと俺は思う。

 苦しいこともかなしいことも忘れていくから人は前に進める。とのこと。全くその通りだと、私は、思う。

 もうそろそろ屋上で飯食うのも厳しくなってきた、と言いながら、なんとなく冷たい風の中で昼飯を広げてしまった。フェンスの礎に座って、百田はパンの袋を開き、俺はおにぎりの包装をくるくると開く。食べ始めてすぐに、百田の足首に、何かちょろちょろまとわりついているのを見つけた。

 一瞬ヒルか寄生虫かと思って時が止まったが、制服とスニーカーの間に一本引かれた赤い線は、よくよく見るとただのミサンガだった。かなりの細づくりのために虫とかそういうものに見える。

「いいでしょ、作ってもらっちゃった」

 足首がひょいと持ち上がって、反対の足の膝に乗る。百田は嬉しそうに笑いながらその赤いミサンガを見下ろしていた。学ランの襟に亀みたいに首をすくめ、目を垂れさがらせてにこにこと。

「誰に」

「後輩の女の子。おれに良い人が現れますようにって」

 つま先がゆらゆらと揺れるのにつれ、ミサンガもゆらゆらと形を変える。細づくりだからといって適当に寄り合わせているのでもなく、顔を近づけるとやたらと細かい網目が見えた。

「女の子って器用だよね。丈夫だからちょっとやそっとじゃ切れないって」

「赤い糸は小指じゃねえの」

「小指につけてたら邪魔じゃん。それにもともとは足首にあるものらしいよ」

 触っていいか聞くと、笑顔のままどうぞと言われる。指でなぞってみると、網目の凹凸は感じるものの、偏りの全くない本当にきれいな作りになっていた。すべすべした糸で編まれていて気持ちがいい。

「もう一本予備でもらったから、泊にもつけてやるよ」

 もぞもぞと身じろぎしたかと思うと、ズボンのポケットから同じ真っ赤なミサンガを引っ張り出した。

「いらねえ。予備なんだから取っとけよ」

「いいからいいから」

 両足をずらしてよけようとしたが、しゃがみこまれて足首をつかまれてしまうと乱暴に動くわけにもいかない。裾をまくり、私の表情もうかがわないで神妙な顔で結び目を作る百田を見下ろす間、胸の中は不穏に曇り続ける。これでオッケー、と言い、百田の指が離れても、少しも晴れていかない。

「運命とか、好きだよな、百田」

「好きだよ。運命の人、一緒になる星の下に生まれたとか、そういうの。ロマンチィなの」

 さらされたままの俺の足首に、百田が自分の足を寄せてまた笑う。並べると骨格の違いがよく分かってしまう。日に焼けた俺の肌に赤い線はあまり似合わず、二本の赤い線は別々に揺れる。強い風が吹いても、重ならない。

「前世で結ばれてた人って。きっと現世で会ったらわかると思わない?」

「黙れオカルトマン」

 覗き込んでくる笑顔から顔を背ける。無性に目が痛くなって、涙が出るのかと思ったけれど何度か瞼を上げ下げするとすぐに治まった。

 残りのパンにかじりつく百田の鼻歌を聞きながら、俺はただぼんやりと米を噛んでいた。あまり味がしない。明太子もツナも食べた感触が同じだった。あんまり横がご機嫌そうなのでだんだん腹が立ってきて、思いっきり体重をかけながら寄りかかった。

「重いよおキン肉マン」

「うるせ。昼終わるまで起こすな」

 目を閉じてしまえば赤い糸も百田も見えない。彼より一回り大きい自分の体も見ないで済む。見えない間は全部なかったことにできるんだ。見えないついでに忘れてしまえば先にだって進めるんだ。前世とか運命とかばっかり言っている彼がとっくに忘れてしまったように。

 話をして、隣にいて、見慣れすぎた顔やにおいに触れるたびにわからなくなる。

 せめて俺は、俺だけが百田を好きだったらよかった。置いてけぼりになった私はいなくてよかった。どうして忘れたあなただけがそのままの姿でまた生まれたの。どうして覚えてる私だけが違う姿で生まれてきたの。

 目を閉じていられるのはそう長くはない。眠っていればあっという間に過ぎてしまう。起きている時間ばかりがいつまでも終わらないみたいに続いていく。輪から外れてしまったなら始める意味なんかなかったのに、この人生は。

白状

申し上げます どうかこれきりと願います

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