夜鶴1
夜道を歩いていた。
住宅街から少し離れた土手沿いの道は街灯もまばらでおぼつかない。
ジィワジィワと言う声が聞こえたから、なんの虫かなって隣を歩く綾ちゃんに聞いたら、アブラゼミですよ、これからアブラゼミらしい鳴き声になります、と言われた。
しばらく待っていたら波のある鳴き声は連続的になり、まさしくアブラゼミの声になった。
本当だ。綾ちゃんよく知ってるね。
実家が割と田舎ですから。
そうなんだ、じゃあ小さい頃虫取りした?
しました、兄と、兄の友達と一緒に。
ふうん。
ビーチサンダル越しに、コンクリートの細かな凹凸が如実に伝わってきた。機械のような虫の鳴き声と、二人の足音、それから風が吹くと綾ちゃんから微かに香る甘い匂いが、夜の閉塞感をゆるりとほどいた。
Tシャツの胸元を引っ張って体に空気を送りながら、この後はどうするだろう、と考えた。彼女を自宅に送り届けるか、二人で俺の家に行ってしまうか。
(どちらにしろ今は幸せだ。)
綾ちゃんの真っ白で溶けそうな指先を思い描きながら、左手を伸ばして少し冷たい手に触れた。
今日行った店、うまかったね。
そう声をかけたが 綾ちゃんはひっそりした沈黙しか返さなかった。
何か考えているんだろうか、俺は暗いながらに顔を見ようと横を向いた。
しかし視線が合わない。綾ちゃんが頭一つ分小さくなっていた。
体全体が一回り縮んでしまったのではなくて、肩までは今まで通りの背丈があるのに、首から上が。
おかしい?
おかしいんじゃないか?
俺は立ち止まった。脳から一切のまともな言葉が抜け落ちてしまった。握り返さない細い指がするりと手の中をすり抜けていく。
空っぽのまま立ち尽くしていると、足首に固いものがぶつかってきた。
ぼんやりと見下ろすと、綾ちゃんと目があった。
首だけの真っ白な顔で、二つの目がぱちぱちと大きなまばたきをした。
あれ?
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