2024.02.25 08:00あいうえおあやとりを繰る指がまるで遠隔的におれの体の中をかき回しているような、幻惑に落ちていた。畳の部屋の真ん中に座したユキ子を、11時の方角から見ていた。庭の緑が陽に乗じて入り、ユキ子の前であえなく消える。おれの影もユキ子の方へ伸びているのに、その体にかかる前に途絶えている。いけないいけ...
2024.02.25 07:53かきくけこ垣根の小さな穴からあの人を見るのが僕のささやかな秘め事だ。風の強い日も熱く太陽の照る時も、ほんの二・三分だけ僕は小道に佇む。背丈よりも高い生垣によって、僕の存在はあの人には知れない。人の通りをおそれながら、いつか望遠レンズのように飛び出そうなほど目を凝らす。近所の話を立ち聞きする...
2024.02.25 07:50さしすせそ逆さまに見ていた文字が、何かを合図にひどく道を逸れ始めた。レールであるべき行から外れ、二行ほど隣へ進入した時に俺は鉛筆を持っている手を抑えた。いきなり止められた荒木は最初怪訝そうにしていたが、帳面をつついてやるとウワッと声を上げた。死の国に迷い込むような顔をしていたぜ。こちらも少...
2024.02.25 07:45たちつてと高窓へ向かって輪ゴムの銃を発射しているのを、部屋の入り口から見ていた。一発撃つごとにポケットから弾を出して装填。撃つ。装填。撃つ。割り箸で作られた骨だけの銃なのに、よく働く。チャカをむやみにぶっ放して、いけねえお嬢さんだ。ちょっかいを出して言ってみると、引き金が止まる。白い肩から...
2024.02.25 07:40なにぬねの鳴かない鳥を飼っているのだと聞いてから、変わった人だとは思っていた。学校のない日に家業を手伝い、この家に野菜を届けるのが俺の役割だ。大きな家だが、迎えてくれるのはいつも奥さんだけで、女中や旦那の姿は見たことがない。ひっそりした靴箱の上で、鳥は首だけをしきりに動かしている。忍耐強い...
2024.02.25 07:35はひふへほ始まりはあんなにも曖昧で、まどろむように落ちていったというのに、終わりは実に冷酷なものだった。台所のはめ殺し窓は何年も拭われておらず、そこを抜ける日光はすべからく老いた。鈍く、暗く。今の自分にはそれがちょうどいいと、埃にまみれた頭で思う。畳の端で虫が這っていた。ひざにあった擦り傷...
2024.02.25 07:30まみむめも間違いを犯す時、案外人は躊躇わないものだと、知った。引き止めるものがあればと小さな声で思っても、初めから自分で、一人だけのものにしたのだ。誰が介入するわけもない。僕は釣り上げられる魚のように、意思もほとんど持たないまま渇望した空間へ入っていった。見つめることが上限だと思っていた。...
2024.02.25 07:25やいゆえよやっと見つけたかと思えば、手がかりでもないスカばかりで頭が痛い。いつまでもつかめない原の動向は、さながら山で獣を追うようだった。人の影の多い街中ならばいっそう、さぞ隠れる場所は多かろう。謹慎はじきに解けるはずだったが、それを待たずに原は自宅から消えた。居ないと分かっているその部屋...
2024.02.25 07:20らりるれろ欄干に腹を押し付けて、俺はこの世の一切を呪った。目からとめどなくあふれるのは、心が溶けた結果だ。言葉もなく、ただ雫にして押し出すしかない。痛い。痛い。最後まで、お願いだから最後まで出ていってください。少しでも残ってしまったら、俺は明日から生きていけない。竜胆の花を、あの家に頼まれ...
2024.02.25 07:15わいうえをわななきがまだ頭の中を駆け回っている。おれが辿ったのは光の道のはずであった。ほとんど盲になりながら、遥か遠くの煌めきを頼りに這い進んできた。ここがどこかも知れない。ただ求める匂いを、やわらかさを、最もふかくにある器官が見つけて探し当てた。ようやくだ。行ってはいけないわ。あなたはこ...